2015年8月23日
「処暑」とは、暑さがおさまるころのことです。
昼間は、まだまだ残暑が厳しいですが、朝夕には、少し秋の気配を感じられるようになります。
早朝空を見上げると、刷毛でさーっと描いたようなすじ雲がたなびいていたり、夜になるとかすかに虫の音も聞こえてきます。川沿いを歩いていたら、アキアカネでしょうか?トンボが群れをなして飛んでいるのを見ることもあります。
また、これから収穫の時期でもあります。すでに店頭には、葡萄、梨、柿、無花果など季節の果物が彩り豊かに並んでいます。
夏と秋が同居するちょうどこの時期に使われる言葉に「ゆきあひ」があります。
古語辞典によると、ゆきあひ(行き合い・行き逢い)とは、『出会うこと。またその所、時。季節の変わり目。特に、夏と秋の変わり目』とあります。
風情があり、美しい響きなのでとても好きな言葉のひとつです。
古の人は、この時期の空を「ゆきあひの空」と表現したようです。
「夏衣かたへ涼しくなりぬなり 夜や深(ふ)けぬらん ゆきあひの空」(慈円)
(訳) 夏衣の片側が涼しくなったようだ。夜が更けてしまったのだろうか、夏から秋への変わり目の空は。
季節の移ろいは、現代では気象図を見て判断しますが、古の人は、空を見たり風を感じたりして、行く季節と来る季節が行き合う、すれ違うと解釈していたのでしょう。
今回取り上げる文字は、秋の味覚、果物の「果」と、それを演出する「器」です。この二つの文字を題材にした作品がありましたので、ご覧ください。右が「果」、左が「器」の文字です。
「果」 金 文
木の上に実がついている形、木の実のことです。
花が咲き終わって果実となった形を表しています。成長を「果たし」、その結果(はて)として果実が収穫されることから、「このみ、くだもの、はたす、はてる、はて」の意味に用いられます。
「器」 金 文
元が元の字です。
下段に手書きした「しゅう」と、「犬」を組み合わせた形です。
「しゅう」
4つある「口」は、人間のくちではなく、第4回の「春分」編の「闇」の文字でも説明した「さい」で、神への祈りの文である祝詞を入れる器の形です。
(ここから「春分」編の「さい」の説明頁に戻れます、でも戻ってきてくださいね)
その犬は、清めのための犠牲(いけにえ)として用いられるもので、「器」は儀礼のとき使用される清められた「うつわ」のことです。のちに、道具としての器財や機械や人の能力の意味にも使われるようになったようです。
常用漢字の「器」では、「犬」の部分が「大」になっています。「大」は、手足を広げて立っている人を正面から見た形ですので、これでは「器」の字の意味を理解することができないと白川静先生は説いています。
作品は、2008年に縄文復元画家の安芸早穂子氏とコラボレーションを行った際の作品です。
定住生活をするようになった縄文人は、想像以上に豊かな食生活を送っていたようです。ヤマブドウ、サルナシ、ニワトコ・・・青森の三内丸山遺跡では、クリも栽培できていたことが遺跡から出土したクリをDNA鑑定しわかっています。ほかにも、エゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメなど栽培植物が発見されています。
そんな縄文人ですが、緑の木々の間にたわわに実った果実を見つけた時は、大喜びしムラに持ち帰ったことでしょう。そして、縄文様の土器に盛られた季節の果実とお酒をまずは神に捧げ、豊穣を感謝したことと思います。このようなことをイメージしながら創った作品です。
ちなみに、縄文時代の犬はとても大切にされていたようです。狩猟の際の大事なパートナーでもあり、家族同様に扱われていたことが、丁寧に埋葬されていることや人間と共に埋葬されている状態で発掘されていることからもわかります。
「果」は緑の木の間、「器」の文字は、漢字の成り立ちをふまえて少し不気味なこの色の和紙を使いました。額装は、二文字が食卓に乗せられているように、弧を描いたマットに置きました。
夏の風物詩、甲子園の高校野球も終わり、季節は一歩ずつ錦秋へと向かいます。
しばらくは、小さい秋さがしを楽しみたいと思います。
次回は9月8日「白露」の頃に・・・