古代文字って?▼ 第19回 立冬

2015年10月24日

 「立冬」とは、冬の気配が感じられるころのことです。冷たい北風が吹き始め、木の葉を散らします。野山は冬枯れの風景に変わります。

 南国では、まだ秋の気配ですが、北国では凍てつくような日々も多くなります。関西地方でも既に木枯らし1号が吹きました。厳しい寒さの冬がやってきます。

 冬といえば、恋しくなるのが暖、その暖を取るものの一つに炬燵(こたつ)がありますが、江戸時代には炬燵を出す日は旧暦10月の亥の日と決まっていたようです。これは、亥(いのしし)は火を免れるという昔からの言い伝えと、陰陽五行説で亥は水の性質を持っていて、火を制するとされているためだそうです。その亥の日に炬燵を使い始めると火事にならずに安全に冬を過ごせると考えられていたのです。昔の炬燵は火を使っていますので、炬燵の火が原因の火事も多かったのでしょうね。火事と喧嘩は江戸の華と言われるくらいですから・・・
 ちなみに、10月の初めての亥の日は、お武家さまの家、二度目の亥の日が庶民の家の炬燵開きと分かれていたということです。庶民は、しばらく寒さを我慢しなければならなかったようです。

 現代では、いつでもエアコンやヒーターのスイッチひとつで暖が取れるのですから、とてもありがたいですね。

 今回取り上げる文字は「冬」と「北」です。

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「冬」 甲骨文字

 編み糸の末端を結びとめた形です。また「終」の甲骨文字、金文も同じ字形です。つまり、「冬」は「終」の元の字ということです。

 後に冬を四季の名の冬に専用するようになって、糸の末端を示す意味で糸へんを加えて「終」の字が作られ「おわり」「おわる」「おえる」の意味として用いられるようになったようです。

 「春」「秋」のところでも述べましたように、現段階では甲骨文字には四季の名を確かめる資料がなく、残念なことに詳細がわかりません。古代の人々は四季の感覚をどのようにとらえていたのでしょうか。とても興味深いことのひとつです。

 また、文字は使われていなかったとされる縄文時代の話になりますが、とても原始的で季節には無頓着だろうと思うのは大間違いです。原始的だからこそ、生きていくためには季節に敏感にならざるをえなかったのだと思います。縄文の時代は、狩猟採取生活、のちに定住生活を行いました。遺跡からは極めて多種多様な植物性食料や動物性食料が出てきます。しかも偏った季節だけではなく、一年を通して四季折々に得ることのできる植物、貝類、海草、魚、海獣、狩猟動物等々を多種にわたり採取捕獲し、とても豊かな食生活を送っていたことがうかがえます。春には野山にワラビやゼンマイが、夏が近づくと浜辺でハマグリが、秋にはサケが川を上ってくる、山ではドングリ、クリ、トチの実を、冬にはシカ、イノシシ、ウサギの狩猟・・・敏感に季節を感じていたはずです。

 「冬」の文字が、結びとめた形というのも、春、夏、秋が過ぎ、この季節で終わりと語っているようでおもしろいですね。

 作品は、2013年の個展「ただ過ぎに過ぐるもの」の際のものです。タイトルの通り、時の流れをテーマにした作品展で、「春 夏 秋 冬」と書かれた作品の一部「冬」の部分です。それぞれの文字を各季節を象徴する色合いの和紙に配しましたが、この「冬」の文字は、寒い夜にまるでガラス窓が結露しているかのような色柄の和紙を使ってみました。

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「北」 甲骨文字

 

 右向きの人の形と左向きの人の形とを、背中合わせに組み合わせた形です。二人が背中合わせになった形ですから「せ、せなか、そむく」の意味になります。また敵に背中を向けて逃げることを「敗北」といいますし、「にげる」の意味にも用います。

 王は儀式を行うときには南を正面として座るので、王の背を向ける方向、そむく方向を北といい「きた」の意味になります。北が方位の「きた」の意味に用いられるようになったので、身体の部分を示す月(にくづき・肉)を加えた背が「せ、せなか」の意味に使われるようになったようです。

 漢字の故郷中国は北半球なので、明るく暖かい南方が正面となり、王は儀式を行うとき南を正面として座すわけです。もしも、漢字が南半球で生まれていたならば、この「北」の文字は、どんな文字になっていたのでしょうね・・・??


 これから、冷たい冬の風が吹き始めます。
 「風」の本によると、山から吹き下ろす強い北風を「北颪(おろし)」というようです。そして、地方を代表する山の名前を冠してよばれることが多く、ここ近辺では、濃尾地方の伊吹颪、伊勢地方の鈴鹿颪、京都の北山颪、そして阪神地方の六甲颪などがあります。
 ちなみに、この「颪」の文字は、中国でできた漢字ではなく日本で作られた国字です。

 また、いかにも神々しい「神渡し(かみわたし)」、これは北風ではなく西風らしいですが、陰暦十月、神無月に吹く風で「神立風(かみたつかぜ)」ともいわれ、出雲大社へ出かける神々を送り出す風のことをこうよぶようです。神々が往来するときは必ず風をともなうとか・・・
 神々が集まっておられる、『神在月』の出雲大社をぜひ訪れてみようと思います。

立冬とはいえ、実際はこれからが紅葉シーズンです。
風邪を召されませんよう暖かくしてお出かけください。

次回は11月23日「小雪」の頃に・・・